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興梠優護展(2023年8月9日~14日、津市久居アルスプラザ)を見て

 

展示風景 (c) KOHROGI Yugo 


 今回が3回目となる津市久居アルスプラザのアーティスト・イン・レジデンス「HISAI芸術家の住む町プロジェクト2023」に興梠(こおろぎ)優護が選ばれました。津市での約1か月の滞在期間で興梠が着目したのは、1898(明治31)年、同地に美術教師として赴任していた洋画家の鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう)が妻の春子を描いた《津の停車場》でした。高架橋から線路や遠くの景色を眺める和装の春子の後ろ姿は、オイルスケッチに近い未完成作であるがゆえに初々しさをたたえています。少し低い角度からの陽射しとその陰影、そして反射する光が美しい作品です。光や、曖昧でうつろいゆくものに対して強い関心をもって取り組んでいる興梠が、125年前のこの油絵に引き寄せられたのがうれしくもありました。

 興梠は鹿子木の本作が未完成であることにも、さまざまな意味や思考の可能性を見出したのでしょうか。現代の後ろ姿の和装女性を、同じくキャンヴァスに油彩で描いてみせた作品には《“津の停車場(習作)”》という題名が付されていました。強く差し込む光と、その反射光を追体験しながらも場所を屋内に設定したのは、鹿子木の舞台設定のような構成を、別の視点で捉え直してみたのかもしれません。

 会場には、この地で撮影された風景がイメージの変換を経て巨大な布にプリントされていました。壁面の長さと同じ幅の布が3箇所に垂れ下がっていて、鑑賞者は会場全体を一望することはできず、その布をくぐりながら4つの異なる空間を移動することになります。しかし、その道しるべとなっていたのは布から透過する斜めからの光で、この設定からも鹿子木作品の光を思わずにいられないという、興梠の緻密な計算を感じることができました。

 大学院で版画を専攻し、国内外を滞在しながら自己の感覚が変換されていくのを体験し、「場」の持つ力と向き合う興梠だからこそ生み出し得たインスタレーションは、あらためてこの地を考えるきっかけとなりました。

鹿子木孟郎《津の停車場(春子)》油彩・キャンヴァス 三重県立美術館蔵

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